この作品はラブストーリーですがどちらかが亡くなってしまい結ばれません。

 それでも大丈夫!と言うかたはどうぞ。























  僕の大切な彼女が旅立った。
 
  高校のときから付き合っていた僕らは、二十歳を過ぎた今でも付き合っていた。
 そんな彼女が倒れたのは1年ほど前のこと、ある日唐突に、神様は僕らの別れのカウントダウンを始めた。
 そして、それは同時に彼女の命のカウントダウンでもあった。
 彼女を知っている誰もが何度も何度も夢であってほしいと思った。
 せめてまだ終わりの見えないカウントダウンであってほしかった。
 でもその願いは、まるで羽の折れた天使のように天に届くことはなく、むなしくも地面にたたきつけられた。
 
  僕も最初のうちは毎日のように病室に通い、かれた笑顔で彼女に接し続けた。
 彼女もまた僕の前では笑って見せた。
 でも、彼女がうそをつくのは下手なことは僕が一番知っている。
 僕もうそをつくのが下手なことも彼女が一番知っている。
 だから僕らは下手なうそをつき続け、気づかないふりをつづけた。
 それが正解なのか、間違いなのかは僕らにはわからなかったが、ただ、確実に近づく終わりまでの短い間、少しでも笑顔でいたかった、少しでも悲しい思いをさせたくなかった。

 それは一種の逃げであったのかもしれないが、僕たちは互いに神様が告げるカウントダウンを、聞こえないふりしてやり過ごしていた。
 
  僕も病院で彼女にあっているとき以外は極力彼女のことを考えないようにした。
 必死に仕事に打ち込み、どうしても彼女に会えない日は残業をしてなるべく一人で何もしない時間を作らないようにした。
 それは上司の目には「仕事熱心な人」とうつり僕の仕事の量は増え続け、大切な仕事を引き受けさせてくれるまでになった。
 仕事を彼女からの逃げ、としていた僕にとってもいいことで、頼まれた仕事は全部引き受け、気づけば彼女に合う回数は減っていた。

  そして、彼女の容態が急変したのは今から二週間前のことだった。
 仕事中に連絡が入り、僕は急いで彼女の入院している病院へ行った。
 まるで今までの僕を責めるかのように、そこには衰弱しきった彼女がいた。
 こんな彼女を僕は知らない。
 清潔に保たれた病室の真っ白なシーツの上で、彼女は以前の明るい色をなくしていた。
 いつもなら、病室のドアが開く音がすると必ず僕を見てくれた彼女。
 入ってきた僕にとてもうれしそうに笑ってくれた彼女。
 僕の仕事の話を楽しそうに、真剣に聞いていてくれた彼女。
 でも、そのときの僕の目の前にはそれのどれにも当てはまらない彼女が、ベッドに沈んでいた。
 初めて彼女に近づく死神と対面した僕は、立っていることすらできず、床が沈んでいくのを感じた。
 いきなり床に座り込んでしまった僕に、彼女の母親は申し訳なさそうに
 もっと、早く連絡にするべきだったわね、と瞳いっぱいに涙を浮かべながらそういった。
 謝るのは僕のほうなはずだ。
 ぜんぜん会いに来られなくてごめんなさい。
 逃げてばかりで、何もできなくてごめんなさい。
 彼女を支えられなくてごめんなさい。
 謝ることはたくさんあるのに、心は謝罪を繰り返すのに、僕の口は唇を噛み、決して音を発することはなかった。
 僕にも、もう彼女との時間がないことはわかっていた。
 
  それから僕は会社に電話をして大してない有給を全部使い、会社をクビになる覚悟で、彼女との別れの日まで出社しないことを上司に宣言した。
 電話越しに上司の声が聞こえたが、一方的に電話を切り、携帯電話の電源も切った。
 毎日、いや彼女の容態が急変したその日から、必要以上に彼女の病室から出ることをしなかった。

  それから彼女が旅立つ日までの間、一度だけ彼女は目を覚まし、以前のような嘘の笑顔ではなく、そのときの彼女の精一杯の笑顔で僕を見た。
 そしてその後静かに涙をながした。そして僕に泣きながら言った。
 まだ、一緒にいたい。まだ別れたくない、と。
 彼女はもうとっくに向き合う覚悟はできていて、逃げていたのは僕だけだったのだ。
 その日僕は彼女の前で初めて本心を明かした。
 死という事実に向き合えなかったこと、仕事を逃げ場にして会うことを避けていたこと、何もできずにいた自分を悔やんでいること、それでも、今でも彼女を愛していること。
 それをすべて聞いた彼女は、それでも僕に好きだといってくれた。
 そして最後の彼女は静まり返った病室で、僕に微笑んでこう言った。
 「お返し、よろしくね。」
 僕は何のことだかわからなかったが、僕は、最後だ、と本能的に悟って、強がってこぼれる涙を必死にこらえながら、
 「じゃあ、駅前のいつものショップに行こうか。……一緒に」
 と、叶いもしない願い事を口にした。
 また、彼女を困らせてしまったな。そう思いつつも、まだ希望を捨て切れなかったのだ。
 彼女は困ったように、でもうれしそうに、笑いながら眠りについた。
 2月5日、僕らは別れを告げた。

  それから、幸いにも僕は仕事をクビにならずに済んだのでお葬式を終えたら、以前のように出社し、彼女のことで気遣おうとする上司に自分勝手に休みを取ったことを謝った。
 前のように必死に働く気にはなれなかったが、それなりに調子をとり戻しつつあった。

  いつもどおり会社から帰宅し、部屋に飾ってある彼女の写真にただいま、とつぶやき、一人暮らしの男性にしてはきれいに片付けてある家で、テレビをつけて遅めの夕食を摂ろうとしていた時だった。
 インターホンがなり外に出てみると、宅配便が来ていた。
 小さめの荷物に中身を不思議に思いながら、とりあえず、判子をおし、荷物を引き取った。
 送り主を見てみると、それは紛れもない彼女の名前だった。
 しかし、そこに書かれた文字は彼女のものではない。
 中身をあけてみると、それは付き合い始めたころから変わらない、2月14日に彼女が必ずくれる贈り物だった。
 赤と白のストライプのリボンで左上に蝶々結びのラッピングが施された赤い箱。
 それは17歳の冬、彼女からの最初のプレゼントだった。
 ドラマのように長い手紙が同封されているわけでもない。
 ビデオレターがあるわけでもない。
 中身はただの赤い箱に入ったチョコレート。
 たったそれだけでも僕には伝わるものがある。
 僕はそっと彼女と名前をつぶやいた。
 それと同時に流れる涙。僕はそれをとめることはできなかった。
 泣きながらふと、彼女との約束を思い出す。
 「お返し、よろしくね」
 彼女の言葉の意味はこれだったのか。
 どうやって彼女がこの贈り物をしたのかわからない。
 彼女の両親だろうか、このチョコレートは通販では売っていないはずだし、彼女が誰かに頼んだのだろうか。
 でも僕はどうしてこのチョコが僕の元に届いたのか、追及する気にはならなかった。
 きっと彼女は自分がした最初のプレゼントがこれだったことを覚えていたのだろう。
 そして自分の最後のプレゼントも、このチョコレートにしたかったのだろう。
 彼女がずっと好きだった赤い箱のチョコレート。
 ぽたりと、次第にとまりつつある涙が一粒、赤い箱に包まれたチョコレートに落ちた。
 
  毎年甘かったチョコレート、今年は少し塩が入ったからかもしれない。
  いつもよりもっと甘く感じた。










 ―物書きの集いお題小説「チョコレート」―










 blogからお引越し☆

 記念すべきお題提出第一号!


 今考えると第一号でこんなに暗いの提出したんだ……





 2011.3.10      お引越し